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記憶を紡ぐアメリカ―分裂の危機を超えて

『記憶をいかに民主化するか』
 近頃、日本では小泉首相の<靖国>参拝をめぐって、中国や韓国といった近隣諸国の猛烈な抗議もあり、歴史認識問題がメディアを騒がせている。そこで問題となっているのは、靖国神社にA級戦犯が合祀されていることであり、中国などはその分祀を要求しているという。
 このような問題は何も日本に固有のものではない。
 アメリカにおいてもまた、先住インディアンの記念・顕彰施設の表象の問題があり、あるいは最近ではオクラホマシティの連邦政府爆破事件後のメモリアルパークや、ワールド・トレードセンター跡地(グラウンド・ゼロ)をいかに顕彰するか、といった議論も盛んに行われた。結局、アメリカはグラウンド・ゼロに「自由」を象徴する壮大なタワーを建設することを選択したわけだが(タワーの高さは1776フィート)、9.11で家族を失った遺族の中にはその構想に強く反対するものも数多くいるとのことである。
 たとえば、われわれ日本人にとって、広島や長崎のように―あるいは靖国でも皇居でも良いのだが―われわれのナショナル・アイデンティティにとって強力な象徴となる<磁場>が、当然ながら、アメリカにもある。 
そしてそのような強力な<磁場>をめぐって、左・右両陣営が、政治・文化的に、いかに表象するべきか凌ぎを削るのはどこの国も同じであろう。
 われわれの記憶を、次世代にいかに伝えていくか。戦争の記憶、原爆の記憶、テロの記憶、あるいは大量殺戮、従軍慰安婦といった加害の記憶。記憶を記憶として留めおくこと、つまり歴史の暗部を、触れたくない恥部を風化させず、次の世代の心に受け継いでいくこと。
 記憶をいかに民主化するか、という問いは、単なるナショナル・アイデンティティの問題のみならず、われわれ一人ひとりの、歴史との倫理的な係わり方を切実に問う。

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