『The Opening of the American Mind』
古典的名著の待望の邦訳である。
レヴィーンは、芸術的な問題を国家の近代化の話にからめて論じる。そこで、彼が立証しようと試みるのは、私たちの審美眼や批評眼が実はそれほど堅固なものではないということだ。
レヴィーンのしなやかな思考は、19世紀後半のアメリカの文化が、どのように、ハイブラウ(高尚)とロウブラウ(低俗)に分割されていったかについて詳細に論じる。シェイクスピア、映画、美術館、オペラ、交響曲といった、おそらくはいま、「高尚」と捉えられている芸術は、実は、19世紀のアメリカにおいては、数多くある「大衆文化」の一つに過ぎなかった。それが、国家の近代化の過程で、次第に、ハイブラウ(高尚芸術)として祭り上げられていく。
西欧文明中心の思想・文化がアメリカ高等教育の核でなくてはならないと主張したアラン・ブルームの『アメリカン・マインドの終焉』に対抗して書かれた本書は、西洋の古典文化、と留保なしに信じられているものも、実は本来、大衆のものであったことを歴史社会学的に解明することで、「知識」や「文化」が決してエリートだけに占有されるものではないことを示した。その意味では、本書を“The Opening of the American Mind”と呼ぶこともできるだろう。