『「東アジア版グレートゲーム」における日本の戦略とその内情』
19世紀から20世紀にかけて、南下する帝政ロシア/ソ連とインドを擁する大英帝国が、中央アジア等を舞台に繰り広げた地政学的な抗争は一般に「ザ・グレートゲーム」と呼ばれるが、そのソ連は戦間期の東アジアでも日華を相手に同様の「ゲーム」を展開していた。その舞台となったのは現中国領の内(南)モンゴル西部から北西部の寧夏、甘粛、青海の各省、新疆にかけての地域である。1930年代、この地には国民政府の支配が及ばない「回民(漢人ムスリム)軍閥」が割拠し、日本側はこれらを懐柔して親日政権群を成立させようと企図していた。その目的は、満洲国等と併せて「反共回廊」を築き、ソ連と外(北)モンゴルを南から封じ込める事にあったが、1937年にソ連がこの地を介して国民政府への軍事援助を開始した後は、この北からの「援蒋ルート」の遮断も戦略目標に加わった。その過程で着目されたのが、この地からソ連領中央アジアまで広く分布する漢系・テュルク系のムスリムの存在である。日本は中華民族主義を唱える国民政府に対しては「少数民族」のナショナリズムを鼓舞する一方で、共産主義と無神論を標榜するソ連や中国共産党に対してはイスラームを庇護する姿勢を見せることにより、現地の人心を収攬しようとしたのだ。こうした政策に於いて、当時ソ連から数多く亡命していたテュルク系タタール人の社会は大きな役割を果たすことになるが、その中でも特に世界的汎イスラーム/テュルク主義者として盛名をはせたA.イブラヒムはロシア革命以前から官・民に渡る大アジア主義者との人的な繋がりもあり、後の対英印工作でのボースのような役割が期待されていた。本書は、既存の関係者の回顧録のような断片的で主観的な記録とは異なり、その主体となった軍部等の国家機構と満鉄、黒龍会、在日タタール人社会などの関係とメカニズムを冷静に俯瞰し、第一次資料を用いて実証的に研究した貴重なモノグラフ集である。是非御一読をお勧めしたい。