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市民と武装 ―アメリカ合衆国における戦争と銃規制

『理念と幻想の人工国家・アメリカ』
◆「市民と武装」

  個人の武装という理念は、自立した個人の自由、国家権力の制限、コミュニティの自治
  など、いずれも近代市民社会が正の価値としてきたものにその起源を持っている。

  それらは、肥大した国家権力と官僚機構に依存ぜざるを得ない現代
  においては、ますます実現が困難になっているものばかりである。


  市民の武装が維持されることで、対話の技術やモラルを伴わない暴力を
  解放し、戦時においても平時の犯罪等においても、無意味な殺し合いを
  生み出した。市民社会の外部の者たちを受け入れることもできなかった。

  複雑な民族間の対立や社会的矛盾が溢れる現代では国家による
  調停が不可欠なものになっているのも、故なきことではないのだ。


  しかし、近代市民社会の諸価値の名残りである武装権を、
  撤廃したからといって、問題が解消されるわけでもない。

  国家から保護してもらえない者の銃を捨てさせたとき、いたずらに
  国家や警察力を肥大させること以外の解決策はありえるのか?

  この問いは銃による武装の権利を有さない国の人間
  にとっても、共有すべき課題なのではないだろうか。
  

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